
![]() 幼いボクに、パズルの楽しさ、物事の論理的な考え方をおしえてくれた叔父が、東京出張の折りに、ふたつのおみやげをもってきてくれた。ボクは、そのとき、就学前の五歳だった。 |
File No.45■箱のなかのオマケ
![]() パンドラの壺や龍宮城の玉手箱の昔から、何がはいっているのかわからない箱が目の前にあれば、誰だって、なかをのぞいてみたくなるでしょう。 |
![]() 1958年に出版されたトルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』の原作にそんな描写はありませんが、61年制作、監督ブレイク・エドワーズ、脚本ジョージ・アクセルロッドの映画では、主人公ホリー・ゴライトリーと作家志望のポール・バージャックが、ニューヨーク五番街にあるティファニー本店を訪れる場面があります。予算10ドルまでという若い買物客ふたりに慇懃(いんぎん)な応対をする老練な店員、この場面でのやりとりは印象にのこるものでした。 |
外国映画を見ていて、オープニングに、いきなり日本製のおもちゃ、シンバルを打ち鳴らすサルが登場して、驚いたことがあります。スクリーンには、うつぶせに寝そべって、こどものようにサルのおもちゃに見入る青年が映しだされています。 |
![]() 1974年11月5日付東京新聞朝刊、共同通信の記事です。 |
File No.41■キのないキツツキ
![]() このキツツキのブリキ玩具は、旧ソビエト連邦製です。 |
File No.40■鈴雨 撥雨
![]() 春雨 卯の花腐し 夕立 時雨 小糠雨 白雨 驟雨 狐の嫁入り 天泣。 降る季節、目で見た姿形や現象を表した雨の名前は、たくさんありますが、音だけを表現した雨の名前がひとつもないことに、最近、気づきました。 |
File No.39■アヒルの三輪車乗り
![]() 小説家に文体、画家にタッチがあるように、種々のブリキ玩具にも、それぞれ、開発者固有の特徴がのこされています。 アヒルの三輪車乗りを最初にみたとき、それは写真でしたが、つくったのは誰なのか、即座にわかりました。 |
File No.38■一瓢たずさえ、雲にのり
![]() 清々しい季が、めぐってきました。 草の上 目をあけぬれば空に落つ |
File No.37■シャーロック・ハウンド誕生の謎
![]() 三十年ほど前、帰途、吉祥寺駅ビルの通路をあるいていると、とあるちいさな文房具店の奥の棚から、見覚えのある帽子をかぶった犬が、ボクの目のなかに、とびこんできました。 |
File No.36■旗源平
「布製の旗は白地に笹竜胆と、赤地に揚羽蝶の二種類が、やや大きいのと小さいのにわかれていた。小さな木の台に、小さな纏も一本ずつ立っている」(推理小説/猫の舌に釘をうて/都筑道夫著) |
File No.35■ガーゴイルのカレンダー
冬ざれの寺院の尖塔、ガーゴイルたちが運命のサイをころがすごとく、ながい月日を、きざみ続けている。 |
「百人一首が崩れて、ギャンブル用に変化したかるたで、読札は普通の百人一首、取札には下の句と絵がかいてあって、その絵がおもしろい。たとえば、『かささぎのわたせる橋』の下の句、『白きをみれば夜ぞふけにける』には、白衣の幽霊がかいてある。『村雨の露もまだひぬ』の下の句、『きりたちのぼる秋のゆふぐれ』には、坊主が桐の木にのぼっている絵がかいてある。『むべ山かぜ』の札が役札で、赤く塗りつぶしてあるので、むべ山と呼ばれているわけだ。明治にならないうちに廃れて、なにしろギャンブル用の消耗品、完全な揃いなぞ、めったにないだろう、と思っていたが、芦屋の滴翠美術館で見せてもらったときから、欲しくてしかたがなかった。ところが、京都、山城商店に、六組だけ、しまいわすれていたのが見つかった。骨董的値段のものには、手を出さないつもりでいたが、むべ山を目の前にしてはそうもいかない。最後のひと組を手に入れて、淋しくなったふところを」(1973年12月発表・都筑道夫のエッセィより抜粋) 「そうそう、かるたと言えば、センセー、京都の手づくりかるたの老舗、大石天狗堂では、ついについに、あの『うんすんかるた』を本格的に木版手刷りで復刻したんですよ。センセー、心待ちにされていましたから、いっしょに見たかったですねえ。それから、光琳の百人一首が、かつて発見されたように、葛飾北斎の、あの幻のかるたも、かならずや、どこかに秘蔵されているらしいです。ボクに探しだすことができれば、ご報告できるのですが」 推理作家がハワイのご長女の元でお亡くなりになってから、11月27日で、早くも丸二年、三回忌です。 |
File No.33■鈴虫
![]() ![]() およそ四百年前につくられた唐津焼には、こころひかれるものがあります。割れていても、欠けていても、まったく気になりません。むしろ、巧妙な繕いに出会ったときには、顔がほころぶことがあります。 |
File No.32■バットマンごっこ
イギリスの英雄ロバート・ブルース、伝説上の勇猛果敢な探検家アンソニー・ウェイン、このふたりにあやかって、ブルース・ウェインと名づけられました。明るく健康的な力持ち、スーパーマンと異なり、屈折した性格をもつ翳りあるヒーロー、闇の騎士、バットマンの表向きの顔、ゴッサム・シティの実業家です。 バットマンの原型として、原作者ボブ・ケインがヒントにしたのは次のみっつです。1920年代のサイレント映画、メアリー・ロバーツ・ラインハートの小説「BAT SWEEPER」に登場する悪役、コウモリ男のイメージ。怪傑ゾロのマスク。そして、レオナルド・ダ・ヴィンチの飛行機械概念図の翼。これらのモチーフから、コウモリのようなマントをまとい、腰のベルトの弾倉ポケットに種々のバット小道具や束ねたロープを装備した、あのバットマンの姿がつくりだされました。 1939年5月、アメリカのコミック雑誌に初めてお目見えしたバットマンは、初期、その風貌から、悪役と勘違いされるくらいダークなイメージを読者にあたえました。 サーカス出身の派手な衣装、赤と緑のコスチュームのロビンが登場したのは1940年代で、50年代になると、バットガールだけではなく、バットマイトという幼年読者向けのキャラクターも、うまれます。バットマイトは異次元世界にすみパラレルワールドを暴れまわる三頭身のちいさな妖精です。 両手を腰にあてて、小生意気なポーズをとっているのがバットマイト、原型製作はフィギュア・アーティスト、ウィリアム・パケットです。 その隣でロビンになりきっているのは、ご存知、マッド・マガジンでおなじみのアルフレッド・E・ニューマンであります。 |
File No.31■謎解きは、六十年後
![]() 幼い頃、とても古い少年雑誌に掲載されていた一枚の写真をみて以来、その存在の真偽が、ずっと気になっていました。初出は1934年の英紙ディリー・メール、ロンドンの婦人科医ロバート・ウィルソン氏が同年4月19日にネス湖に浮かぶ異様な物体を撮影して同紙にもちこんだという世界的特ダネ、ネッシーの写真です。
ボクがお墓にはいるまで、いや、その後もながい間、実体は、誰にも明らかにできないだろうと諦観していましたが、1994年に世紀の種明かしがなされ、数十年間のノドのつかえがとれる思いでした。1994年3月13日付のサンデー・テレグラフによると、ネッシーの正体は、長さ46cm、高さ30cmの改造おもちゃ潜水艦で、特殊撮影をしたものだったというのです。 ボクにとって20世紀最大の謎のひとつは、次のような経緯で、出来上がりました。特ダネ写真発表直前に、サンデー・テレグラフ紙の依頼でネス湖畔を調査した映画制作者マーマデューク・ウェザラル氏は、そこで大きな足跡を発見して有名になりますが、足跡はカバの足でつくった傘立てをスタンプしたものだと鑑定され、新聞業界で物笑いの種にされます。すぐさま、ウェザラル氏は義息のクリスチャン・スパーリング氏に頼み、模型のネッシーをつくらせます。スパーリング氏はおもちゃの潜水艦の艦上に大ウミヘビのダミーをつくりつけ、1932年の2月か3月にネス湖に浮かべ、湖の波紋まで表現した迫力ある写真を撮影しました。写真4枚の内1枚が、あの有名な写真です。出来上がった写真は、巧妙にも、婦人科医ウィルソン氏の知人を介して、彼の手に渡り、彼の手を通して、ディリー・メール紙上で公開されたのです。 ネッシーの実作者スパーリング氏が、1993年11月に90歳で亡くなる前に、研究者に告白したから真相が分かりました。 ボク思うに、ウェザラル氏は、どこかの誰かの悪ふざけにまんまとのせられた自分を笑った新聞業界を自分と同じ立場に置いて、ほくそ笑んでいたのかもしれません。あるいは、大きな足跡をもつ怪獣の存在を、ほんとうに信じていたのかもしれません。ウェザラル氏プロデュースのネッシーはおもちゃの潜水艦でしたが、いまだにネッシー生存説は後を絶ちません。諸説あるなか、明確な証明は誰もしていません。いまだかつてネス湖の水を汲み、干しあげて、湖底をみたひとはいないのですから。ウェザラル氏の選択した方法は間違っていますが、真相は間違っていないのかもしれません。さて、実際にネッシーは存在するのでしょうか。 写真は20$弱、?机上のクローン(複製)・ネッシー?です。 |
![]() 小さな革袋に入っていたのは、ビー玉よりすこし大きめの直径24mmの金属球でした。
指でつまんで、∪字溝型のレールに、そっとのせます。 ゆるやかな傾斜をすこし転がりおりると、ぴたりと止まって動きません。かと思っていると、くいっと、わずかに動きだします。 動いては止まり、止まっては動きだし、20cmのスロープを10分ほどかけて、移動します。 この金属球の内部構造は、どうなっているのでしょう。 内部が空洞になっていて、水銀か何か、流動する比重の重い金属が封入してあるのでしょうか。いやいや、そうだったにしても、この小さな球体の動きの理由の説明には、なりませんねえ。 このおもちゃの構造は分かりませんが、なまえは知っています。 そのゆるやかな動きから、名づけられたのでしょう。 snail ball、カタツムリ・ボール、ドイツ製のおもちゃです。 もう梅雨明け、本格的な夏の到来ですね。 |
![]() ポパイといえばブルート、ブルートといえばオリーヴ、オリーヴといえば赤ん坊のスウィーピー、スウィーピーといえば食いしん坊のウィムピー、そのJ・ウェリントン・ウィムピーが、推理作家の仕事机のかたわらに、いつもすわっていました。 |
File No.28■未確認思考物体
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File No.27■茶籠もて野遊びに
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File No.26■アクション・フィギュア
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File No.24■ブックエンドと電気スタンド
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W.ディズニーの“わんわん物語”は、粉雪がちらつくクリスマスの夜にはじまります。 |
File No.24■ミシェル・ルグランの銅細工
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あたかも紙のように銅板を切りぬき、曲げたり捻ったりして作品が仕上がっていきます。 |
File No.23■キャラクター・ミニカー
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1960年代はダイキャスト・ミニカーの黄金時代だった。なかでも、子供達、あるいは、かつて子供だった人達を喜ばせたのは英国コーギー社製のキャラクター・ミニカー、映画やテレビ番組に登場する劇中車のシリーズだっただろう。事前に版権交渉を終え、007のジェームズ・ボンド・カー、ナポレオン・ソロとイリア・クリアキンのオールズモビル・スーパー88、バットモビール、グリーン・ホーネットとカトウのブラック・ビューティなどなどがつくり出されている。写
真のミニカーもキャラクターのコーナーにおいてあったのだが、本体にも箱にもキャラクター名がまったく書かれていない。おそらく、版権料を支払わなくてもいいように、明記していないのだろう。コーギー社製ではなくフランスでつくられたもので、プジョー403の1/43モデルである。イタリアのピニンファリーナがつくったフランスの名車の運転席側ドアにはよれよれのレインコートが無造作に掛けられ、後部座席にはバセットハウンド犬が乗って、主人を待っている。 |
File No.22■スパッド・ガン
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File No.21■招かない猫
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梅雨どきは、鬱陶しくて何もしたくない。毛づくろいだってしたくないし、目をとじて、じっとしていたい。いわんや、店先や箪笥の上にすわって、片手をあげるなんてをやだ。 |
File No.20■WHERE, WHOWDUNIT どこで、誰がどの凶器で、殺したか
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― 名探偵 容疑者集めて、さて諸君 ― |
File No.19■吹き上げサーカス・カー
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英国推理作家ネヴィル・スティードは、アンティーク玩具商を営む“ピーター・マークリン”物語を7冊上梓していて、シリーズ3作目“CHIPPED”に、このおもちゃが登場します。ハード・カバーにかけられた美しいカラー・ジャケットにも、画面
いっぱいに、12cmほどの、このサーカス・カーが描かれています。 |
File No.18■チャター・オブ・ザ・リング
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File No.17■ポルシェ博士のスポーツ・カー(ドイツ製おもちゃ)
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寒風が吹きすさぶ午後、運転中土砂降りの雨になっても幌をつけずに防寒具とゴーグルで疾駆してこそオープン・カーの醍醐味です。そんな事を夢想させるおもちゃであります。 |
File No.16■ 推理作家のコレクション(追悼 都筑道夫師)
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File No.15■ ダーティ・ドッグ (追悼 都筑道夫師)
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「湾岸戦争で圧勝したアメリカ大統領が、降参した知恵の輪があるらしいよ。確か、新聞に載ってたけど、手に入らないかしら。おもちゃに詳しいキミなら、探し出せるでしょう」 |
File No.14■スライディング・ブロック・パズル、タングラム
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1870年代、簡単そうで、やってみると難しいパズルが、世界中で爆発的流行。14と15だけを入れ替えて元にもどすというものです。出来た人には、当時の価値ある千ドルが賞金でしたが現在にいたるまで手にした人は一人もいません。百年後、サム・ロイド考案のこのパズルが刺激となって、エルノー・ルービックは大流行したキューブをつくりました。 |
File No.13■TOMOE AME 2
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1972年、アメリカにおいて、ある市民運動が起こります。子どもが、おもちゃなどの鋭利なフチで手を切って危険であるという、いわゆる、シャープ・ペリル運動です。それ以来、TOMOE
AMEのおまけは乗り物やNINJA(忍者)などのコミック・シールに入れ替えられ今日にいたっています。 |
File No.12■TOMOE AME 1
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小さな箱に入ったおまけつき菓子で有名なのは、グリコにカバヤ、古くは紅梅キャラメルといったところでしょうか。実は、そのほかにも、半世紀以上もの間、日本でつくられ続けているのに、ほとんどの日本人が知らない有名なおまけつき菓子があるのです。 |
File No.11■びん詰めの帆船
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それは、陸の上ではなく、長い航海のつれづれに、大男のセーラーがつくったボトルド・シップだった。極端に細くなったびん入口の外から内部のマストを立ち上げるために必要だった内緒の操作糸を始末せずに、種明かしをしているのは彼の大らかさだ。 |
File No.10■豆抱き人形と雛の桐箪笥
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昔の梅雨は長かった。雨は、いつまでも降り続きました。 |
File No.9■ポンポン船
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爽やかな風が吹き、水がぬるみ始めると、ボク達は夏休みを待てずに小川を目指した。 |
File No.8■なめくじ長屋、捕物チェス
(都筑道夫氏「第六回 日本ミステリ大賞受賞」を祝して
)
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四十年前、西九州の書店で都筑道夫の異色捕物帳を立読みした多感な中学生は、モダンでおしゃれなパズラーに呆然自失となり一瞬にして狂ってしまった。それから二十年後の1984年作品に対する熱狂的な思いを具現化して見立てチェスまでつくってしまった。 |
File No.7■なめくじ長屋、砂絵師ねつけ
(都筑道夫氏「第六回 日本ミステリ大賞受賞」を祝して
)
幕末、神田の巣乱街に奇妙な砂絵師がいた。掌の間から自在に落とす五色の砂で、地面
を書場簾がわりに見事な絵を描きだすのだ。板額門破り、あるいは鯉つかみの金太郎など。 |
File No.6■アメリカの人気者(キングコング、ポパイ、ドナルド、プルート)
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日本に進駐したアメリカ軍は、生活必需品11品目の中のひとつに玩具を指定していた。敗戦直後の秋、日本政府はこのままだと来春には全国で一千万人の餓死者が出るだろうと頭をかかえていた。ところが、GHQ経済科学部マンスン大佐の命令により玩具を大量
にアメリカへ輸出する見返りに小麦その他食料の輸入許可、更にアメリカ軍から大量
の缶詰他の食料放出が約束されたのだ。おもちゃが、日本人の食糧危機を救ったのである。 |
File No.5■ピエロ:バイオリン弾き・玉乗り・スケーター・三輪車
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誇張しつつ本質をとらえた造形、リトグラフ印刷の細かい彩色、意表を突く愉快な動き、傑作ブリキ玩具の魅力はこの三要素につきる。世界中に熱狂的なコレクターがいるが、スティーブン・スピルバーグ、マイケル・ジャクソン、ポール・マッカートニー、故スティーブ・マックイーン等がマニアックなコレクターとして有名である。特に人気の高いブリキ玩具はスリーフィンガーと呼ばれ、三本指を立てたトレード・マーク、海外の
カタログ雑誌TPSの略号で知られる50年代後半の東京プレイシング商会製の玩具であるが、考案開発はすべて一人の手でなされた。先に紹介したブリキ玩具作家、串田恭男氏である。 |
File No.4■天正カルタ
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日本にはじめてトランプが伝わったのは十六世紀末の大航海時代、ポルトガル人達によって持ちこまれたイタリア系カード48枚1組のものでした。当時の日本人は、そのカードのコピイ版をすぐに作り上げました。この和製トランプ第一号を天正カルタといいます。 |
File No.3■クリッター
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24日はクリスマス・イヴ。数十年前、翌朝早くに目を覚ますと、枕元にお菓子の詰まった赤い紙製長靴があった。うれしくて親の枕元へ報告に行くと、チョビ髭付き鼻眼鏡と派手な紙製とんがり帽子やクラッカー。昨夜は、父も楽しいひと時を過ごしたようです。 |
File No.2■ユニヴァーサル映画の怪物たち
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戦後、ルイス・マークス社の依頼によってつくられた河内正雄氏のブリキ玩具、フランケンシュタイン。台座の上で数歩あるく動作をしたかと思うと、突然ズボンがずり落ち、派手なパンツが見え、内蔵した赤い豆電球により赤面
した表情となる。1950年代の作。 |
File No.1■ピエロのローラースケーター
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ピエロは携帯電話くらいの大きさで、ゼンマイを巻き上げ手を離すと、前傾姿勢になり、片足を蹴り上げながら真っ直ぐに滑り始めます。と思っていると、不意に向きを変え、あちらと思えば、またこちら。その時、素早い動きの一瞬に顔の表情が変化して見えるのです。 |