「はなよ陽よと育てたい」が新しくなりました。
子供どころか、単身生活十数年の”ヒトリモン”の僕には
まったく想像のできない世界ですが、
相変わらずオオクラさん一家は楽しそうです。

第3回・ドラゴン危機一髪



 休日の夕方、家族と銭湯へ行くことがある。健康ランドといえばいいのか、いろんなタイプのお風呂を集めたアミューズメント施設には縁遠い、ふつうの銭湯である。
 昔ながらの銭湯は減ってきているのだろうか。調べたことはないからわからないけど、ここ下北沢周辺でも、去年だったか一昨年だったか、一軒の銭湯がなくなった。そこは、前の住まいからわりあい近く、ときどき散歩をした緑道いにあるので、営業をやめてしまったときは悲しい気持ちになった。みんなが内風呂に入るからこんなことになるんだ、と誰に対してなのかわからない怒りがふつふつと沸いてきたが、そんなこと今の時代に言ってもしょうがないかとも思った。
 このごろ、わが家が足を運ぶのは、商店街の銭湯だ。近くの商店街は、シャッターを下ろしてしまっているお店もないことはないのだが、活気もなくはない。まわりくどい言い方だけど、ほんの少しさびれかかっている通りに、その銭湯はある。それなりに歴史のありそうな、銭湯らしい銭湯である。
 あの日、わが家がのれんをくぐったのは、いつもより遅かった。休日の午後4時、銭湯が開いてすぐくらいの時間に行くことが多いのだが、その日は息子がなかなか昼寝からさめないものだから、5時をまわってしまった。それがいけなかったのか。
 娘は小学校2年生。妻が、もう男湯に入れるのはやめたほうがいいわよ、というので僕は3歳の息子とふたり、男チームで風呂に入ることにした。そこまではよかった。ガラガラと扉を開け、入ってすぐの地点に並べてある洗面器とイスを手にし、自分の場所を確保しようとした。その途端。あっ、もしかして、そこの方。ふたつ向こうの席の男性の背中には・・・。正直、僕はびびった。しかし、そうと知ってから席を変えるのは、かえって失礼かもしれないし、その男性を変に刺激してもいけないなと思い直し、そのまま息子と並んで座った。その方のふたつ手前の席に。息子のイスも横に置いたんだったかな、よく覚えていない。
 その後、体を軽く流して、息子といっしょに湯船に浸かろうと思ったら、あ、さっきの方が先に湯船におられるではないですか。いま、頭を洗ってはったはずなのに。僕はどきどきしながら、息子に「静かにな」と耳打ち、湯船の端っこのほうに体を寄せ合ったで入った。その途端、「あっ、ドラゴン」。息子のひとことに心臓が止まりそうになった。その方の背中には、繊細のドラゴンがいたのでしょう。いたのでしょう、というのは、じっと見るわけにもいかず、しかも僕は眼鏡を外して入浴していたのでどんな絵柄だったのか、はっきりとは。とにかく、男性のお背中には、近頃のおしゃれなタトゥーなどとはまったく異なる、日本古来の繊細な図柄のうねうねして強そうな生き物が鎮座ましましていたように思う。
 大きい声出さんといてや、と耳元で囁いたのに、息子はデリケートな空気にもわれ関せず。「お父ちゃん、ドラゴン、ドラゴン」と指までさして何度も言うし、他のお客さんは誰もこっちを見ない。生きた心地がしない、という言葉の意味がよくわかった。その方は、われわれより先に洗い場を出られたのだが、僕は脱衣場にちらちら目をやり、まちがいなくお帰りになったな、と確信できるまでドキドキしっぱなし。リラックスするつもりで足を運んだのに、むちゃくちゃ肩の凝る休日銭湯だった。

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